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2019年度 研究報告 (立教大学社会デザイン研究所)

「共創する身体」づくり講座の開発と「共創」的関係を育むプロセスづくりの主体の概念化の試み−都市部におけるコミュニティヘルス促進にむけて−

 

 

 

【  概 要  】

   2015年6月に社会デザイン研究所に入所し、「共創」をテーマに研究会活動、実践、理論研究を行なってきた。「共創」は、様々な分野で使われる言葉であるが、筆者がテーマとしてきたのは博士論文において事例として挙げた、障害者と共に働き共に暮らす共同体づくりを行なっている「わっぱの会」のようなところにある「共に生きる関係性」としての「共創」であり、それは、すなわち、コミュニティヘルス(暮らしの健康)に向かう関係性の中にある「共創」である。活動する上で掲げていたリサーチ・クエスチョンは、果たして、

①  コミュニティヘルスに向かう『共創』の関係性は、しかけやしくみによって人為的に創ることができるのか、

②  創ることができるとしたら、それに必要な要素は何か」、そして、

③  コミュニティヘルスに向かう『共創』と、新たな価値創造というイノベーションの手法として語られる『共創』

      はどのように異なるのか

であった。
   そのような問いを持ちながら、研究会活動においては2017年度から積極的に異分野の背景を持つ者と共にプロジェクトをすすめ、そこに起こる「共創」のプロセスを検証する作業を行なってきた(問③の探求)。理論研究では、2015年から福島、水俣という、親密な関係によって成り立っていた地域社会が外的な力によって壊された地域を対象フィールドとして、この地域ではどのようにコミュニティの再構築を成し遂げてきたのか(成し遂げようとしているのか)聞き取り調査を主軸とした研究を行なった(問①②の探求)。実践活動においては、筆者が居住する地域の一般社団法人あんしん地域見守りネットが行うコミュニティ活動に実践者として関わり、また、青砥やくじん延命寺では、お寺を地域に開く活動を副住職と協同でスタートした(問①②の探求)。これら実践活動では、目の前で起こっている出来事に「共に生きる関係性は生まれ得るのか」という視点を持って関わり、その可能性を感じられた場合は、ゴールをあらかじめ設定することなく、まずその動きを活かし促進するための集いの場や学びの場を開催することを優先してきた。そのため、活動範囲は拡大し、活動の整合性がとれない状態になったこともあったが、入所5年目となる今年度は、この間の実践活動と研究活動に一定の結果が出揃い、リサーチ・クエスチョンに対しても以下のような答えにたどり着くことができた。


(ア)  コミュニティヘルス(暮らしの健康)に向かう「共創」の関係性は、創り得る。
(イ)  それには、「当事者性」がキーワードとなる。各々がすでに当事者である事柄から、「いかにして、社会課題            との関わりを見いだし生きる世界を構築していくのか」という個々人の「当事者性」を喚起する問いと、同時

        にその当事者であることから社会との関わりを探ることを中心軸に据え、参画者同士が普段の日常会話では出

        会えない一段階深い次元で出会い直し、その次元で共感し承認し合うことが必要となる。
(ウ) (イ)を具現化するには、近現代を生きる私たちが慣れ親しんだ価値観から一線を画す時空間が必要となる。

        その一つの方策は、後述する「従来の経済的価値にしばられない領域(活動内容3.(2)の図2のB参照)を醸

        成することである。
(エ)  コミュニティヘルスに向かう「共創」と、新たな価値創造というイノベーションの手法として語られる「共創」は

  位相が異なる。この位相の違いは、図1(活動内容3.(1))の領域Xや図2(活動内容3.(2))のBの領域

  を含むか含まないかの違いとなる。この位相の違いは「共創」を目指す時に最初から意識されている必要があ

  り、プロセスの構築の仕方は初めから異なる。
(オ)   都市部の、便利であるがゆえにADL(日常生活動作)に支障がなければ人の手を借りなくても生きられる生活

   環境と、生きるために他者との協力関係を結ばなければならない生活環境とでは、コミュニティヘルスに向か

   う「共創」関係の作られ方は異なる。都市部の方が難しく、孤立化しやすい都市部の現状に特化した手法の開

   発が必要である。
(カ)   都市部でのアプローチの一つとして、人と関われる身体性を養うプログラムの開催がある。(活動内容3.(3)

  「共創する身体づくり」人材育成プログラム開発参照)
(キ)    都市部においてコミュニティヘルスを促進するには、(イ)で挙げたような出会いを促したり、(ウ)で記述した領

    域を醸成する主体、いわば、「共創の関係性を育むプロ」の存在が必要となる。この主体は、「いのちとくら

         しを守るソーシャルワーク」を行う者または組織として、従来のソーシャルワークから区別するとわかりやす

         い(活動内容3.(1)の図1)
(ク)   コミュニティヘルスに向かう「共創」の関係性の構築に向かう時、健康は個人の中ではなく、関係の中にある

         と観ることになる。この視点を体得するには、人を関係的存在として捉える思想に基づく世界観へと開かれて

         いくことが必要となる。
  


【活動内容】
上記の答えに結びつくことになった今年度の活動を、1.実践的研究活動、2. 研究会活動、3. 理論構築に向けた研究活動のカテゴリー別に記述する。

1. 「共創」の実践的研究活動 
(1)葛飾区青戸やくじん延命寺を拠点にした「地蔵の会」の活動
  「地蔵の会」は、お寺を、現代の都会に暮らす者の現実にあった祈りを持ち込める場として地域に開く活動を

  するとして、2016年2月に活動をスタートした。以下①②③は、前年度までに定例化した活動である。今年度は

  これに加え、地蔵の会の活動をより多くの人に知ってもらう試みとして、④⑤⑥をおこなった。今年度行った

  ことは以下の通り。

 ①    月1回第2水曜日に開催する「地蔵の会の円坐」

   本堂に祀られているお地蔵さんと一緒に円になって座り、集まった人たちと2時間を過ごす。特にテーマはな

   く話したい人が話す。沈黙も会話も味わう場。 

  

   開催日1/9、2/13、3/13、4/10、5/8、6/12、7/10、9/11、10/9、11/13、12/11

 ②    てらたん塾(「てらたん」は、「寺で胆力をつける」の略称) 

   てらたん講座第1期(下記※参照)の修了生の月1回の探求の場。心理療法の技法を用いて、自己探求を共に

   行っている。その気づきをどう日常に活かせるかの探求も行う。

 

   開催日 1/13 、2/24、3/10、4/21、5/26、6/16、7/21、10/20、11/17
 

 ③    年暮れ謝恩の坐

   檀家以外で普段から延命寺の活動(寺子屋、てらたん塾、円坐など)に参加している者に声をかけて、本堂

   で円になって座り、振り返りの言葉を聞き合った12月27日開催。

 

 ④    てらたん塾の公開体験会の開催

   延命寺で定期的に開催している活動をより広く知ってもらうことを目的に、てらたん塾の公開体験会を行な

   った。7月6日開催。塾メンバー以外に3名が参加した。

 ⑤    大切なものと、ていねいにお別れする集い(通称 燃やす会)

   てらたん塾メンバー主催で、思い出があり大切にとっておいた手紙や写真等を、それにまつわるエピソード

   を共有してから燃やす集いを行なった。てらたん塾を通して、ていねいに物事を閉じることを共に行うと関

   係性が深まるということが確認できたため、そのような機会を広く地域の人とも共有する目的で行なった。3

   月31日開催。15名参加。

 

 ⑥    寺子屋との連携強化

   延命寺では2015年4月から哲学者の内山節先生の寺子屋が開催されているが、今年度は地蔵の会の活動の案内

   を寺子屋メーリスで流すなどして、参加者が双方の場を行き来できるようにした。さらに、「寺子屋お手伝

   いグループ」を組織化し、謝恩の坐に直接声かけするなどした。

 

 ⑦    延命寺プロジェクト(通称EP)ミーティングの立ち上げ

   活動をさらに広げ、地域とつながっていくために、延命寺のこれからの活動について検討する定期的なミーテ

   ィグをスタートした。まだ構想の段階であるが、地蔵の会の企画の常連メンバーによる「写経の会」の開催

   や、かつて青砥やくじん延命寺で行われていた「植木市」の歴史を掘り下げる調査チームをつくることなど

   を考えている。

(2)講座※の開催
 「共創」の関係に生きる力、すなわち日常を他者と共に生きる力を養成することを目的に以下の講座を行なった。

 ①    てらたん講座 第2期  (全3回 一回8時間、参加者7名)

   対象:講座のコンセプトに同意する人は誰でも
 ②    共創研究会の企業グループ (全4回一回8時間、 参加者2名)

   対象:企業社会に身を置きながらも暮らしにおける関係性の構築を望んでいる人。

 ③    「場」と「支援」探求会  (全3回、一回3時間、参加者 述べ22人) 

   対象:福祉、介護、心理の支援職

講座の構成

図1.png

2. 研究会活動
(1)視察

   都会におけるコミュニティづくりの先進事例として、喫茶ランドリー(東京都墨田区千歳2-6-9)を視察。

   2月7日(木)。参加者3人。
(2)共創研究会の開催 (立教大学 池袋キャンパスにて)

   実践や視察から得た知見を広く共有する場として拡大研究会を2回開催した。
   ①    拡大研究会「暮らしの中のスピリチュアリティ」

     スピーカー:谷口起代、日時: 7月5日(金)19:00〜20:30、参加者:11人

   ②    拡大研究会「当事者経験から立ち上げた『はたらく世代の介護をつなぐ』場づくり」

     ゲストスピーカー:スマイル・オリエンテッド株式会社代表取締役 伊藤(谷澤)春美 
     日時:12月19日(木)19:00~20:30、参加者:7人 

 

3.理論構築に向けた研究活動 
(1)いのちとくらしをまもるソーシャルワークの理論構築に向けた研究
   福島、水俣の調査とソーシャルワークの原理に関する文献研究から、共創的関係を育むには、従来のソー

   シャルワーク(人権の尊重と社会正義の実現に立脚)とは異なる原理(領域Xを含む)に依拠するソーシャル

   ワークの展開が必要となること、この二つの異なるソーシャルワークが両輪として機能するような理論が必

   要であることを明らかにした。図1はこの二つのソーシャルワークの関係を示したものである。

​図1

スクリーンショット 2020-02-04 23.56.53.png

(2)原発事故からの社会の再建に向かうヘルスプロモーションの理論構築に向けた研究
   福島の共創的活動の実践者を対象とした聞き取りから、原発事故のような価値観を揺るがす出来事を経て、

   分断に苦しんできた人達が共に生きる関係を再構築していくには、まずは、従来の経済的価値にしばられな

   い領域における①起こった出来事と和解するという行為が必要であったことを明らかにした。これは人と人

   の関係が断絶されている都市部の生活者にもあてはまる可能性があるとして、今後の検証課題とした。

​図2

暮らしを守ることと矛盾しない経済活動.png

(3)「共創する身体づくり」人材育成プログラム開発

   活動内容1.(2)で記した講座の受講者に対してアンケートを行い、講座を通して体得したことや、日々の

   暮らしの中で起こった変化、他で受けた講座との比較で感じたこと等について調査した。開催した講座のカ

   リキュラムの検証とアンケート調査の分析結果をもとに、研究ノート(成果2.(3)参照)を執筆した。

【  成  果  】
1.実践における成果:「共創の関係性を育むプロ」の主体の概念化と明確化 

  冒頭の(キ)で述べたように、今年度の活動から、コミュニティヘルス(暮らしの健康)に向かう「共創」の

  関係性の構築には、従来のソーシャルワークやまちづくりのコーディネーターとは区別された位相(図1の領

  域Xや図2の①を含む)を意識的に創り出す「共創の関係性を育むプロ」が必要であること、また、その者(組

  織)の役割や機能が明確になった。実践においては、その機能を果たす主体を明確にすることができた。延命

  寺では、定期的なミーティングを行うこととなったが、そのミーティングの参加者が「共創」の関係性を育む

  ことを意識的に意図して活動する主体である。また、この機能をプロとして担う者や組織が必要であるという

  ことが研究会や実践活動を共に行う者との間での合意事項となったことが、合同会社共創ラボという組織の設

  立につながった。

 

2. 学術的な成果 
(1)研究報告:「生活困難状況にある者との『共創』の基盤となる生命観の探究―近代的個人概念に立脚した人

   権の保障に基づくソーシャルワークを超える『いのちと暮らし』を守るソーシャルワークの理論構築にむけ

   て―」(公益財団法人上廣倫理財団平成28年度研究助成)
(2)研究報告:東日本大震災および原発事故を契機に生まれた「共創」的実践活動の調査−震災・原発事故からの

   社会の再建に向かうヘルスプロモーションの理論構築に向けて−、いのちとくらし研究所報 第68号、p.46-

   56、2019年9月発行
(3)「他者と共に生きる」関係構築に向かった「共創する身体」づくり講座−コミュニティヘルスを促進する人材

   育成プログラム開発に向けて−、Social Design Review Vol.11(査読第2次審査にて登載決定済み)

【  課   題  】
 冒頭の(ア)〜(ク)で示したように、「共創」をテーマに実践と研究を行なってきた背景にあったリサーチ・クエスチョンには一定の結論が出たことで、一つの節目を迎えたと考えている。今後は、実践から到達した結論に対して、論拠を示しながら文章化し、学術論文やコラム等の形で発表していくことが課題であると捉えている。具体的には、①「共創する身体づくり」の実践の場を広げ、カリキュラムの精査と学術的な検証を行い文章化すること、②これまでの研究で明らかにしてきた「共創」を「共に生きる関係の中にある健康」を育む関係性として提案し、コミュニティヘルス領域で働く者にもわかりやすく表すタームとして、「共に生きる関係の中にある健康」としての「リレーショナル・ヘルス」の概念化に取り組みたい。

 

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