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2016年度 研究報告   (立教大学社会デザイン研究所)

 

「共創」的実践と「共創」概念の研究

【概要】

平成26年の介護保険法改正に象徴されるように、昨今の社会保障関連領域の相次ぐ法改正は、公助の縮小、自助、共助の拡大に向かっている。かつて人々の暮らしの中に当たり前にあった共同体的助け合いを、個人化が進む現代の社会にあっていかに再構築することができるのか、異なる価値観やニーズを持つ人々が互いに尊重し合い助け合える新たなコミュニティ再建に向かう社会デザインが求められている。
筆者はこれまで、「誰もが安心して暮らせる社会に向かう」ヘルスプロモーションにおいて「共創」を有効な概念として提案し、従来の保健医療福祉領域における支援モデルとの対比で「共創」モデルを理論化し、「共創」の実践事例から「共創」のプロセスの展開や力動を明らかにすることに取り組んできた。今年度は、昨年度に引き続き、コミュニティ活動における「共創」的実践事例の調査、研究会活動を行った。さらに本年度の新たな取り組みとして、「共創」概念の深化のために「場」の作用の研究を行った。

 


【活動内容】

1.「共創」研究会 
「共創」理論の深化を図ることと職場や地域活動等の実践において「共創」的取り組みを広めることを目的に、2015年12月に「共創研究会」を立上げた。立教大学社会デザイン研究科の在籍者や修了生、地域活動の実践者、保健医療福祉領域の専門職、電子機器メーカーのエンジニア、ビジネスコンサルタント等、多種多様なバックグラウンドを持つ参加者が集い、研究会メンバーからの話題提供を受けて討論しあうゼミ形式の研究会を定期開催した。4月と11月はゲストを招いて意見交換を行った。また、夏季(7,8,9月)には共創的実践活動のフィールドワークとして「嬬恋共創プロジェクト」の体験、7月は「場」の作用を実体験する機会として集団心理療法の技法を用いたワークショップを行った。

第1回(12月23日) 共創研究会設立  研究会のあり方についての意見交換 
第2回(1月22日) 「『共創』に共感した理由、障害者支援の実践と研究に絡めて」
           21世紀社会デザイン研究科M1 栗田陽子さん    
第3回(2月27日) 「企業の新規事業・商品開発における『共創』について」
                    電子機器メーカー エンジニア 水野公靖さん
第4回(3月25日) 「『共創』とファシリテーション」
                    21世紀社会デザイン研究科修了生 伊藤春美さん
第5回(4月23日) 震災後の福島県の地域再建活動実践者を招いてDVD「ある町」鑑賞
                    ゲスト:元NPO法人コモンズ 天井優志さん
           ゲスト:元NPO法人シャプラニール 内山智子さん 
           ゲスト:飯館までいな対話の会代表 酒井正秋さん
第6回(5月27日)    「不登校の子どもの居場所の関係についての一考察」
                    21世紀社会デザイン研究科修了生 吉森寛子さん
第7回(6月25日)    「障害者雇用の可能性~ ‟共に働く”という視点からの学び」
                    21世紀社会デザイン研究科修了生 樺島さおりさん
第8回(7月23日)    集団心理療法の技法の体験ワークショップ(下記3.の参照) 
第9回(10月22日)    「企業社会の雇用問題と葛藤、そして可能性」
                    21世紀社会デザイン研究科修了生 弓削田彰子さん
第10回(11月25日)「共創研1年のまとめ:『共創』とは、『もう一つの時空間』」
                    ゲスト:内山節先生 21世紀社会デザイン研究科客員教授

2. 共創的実践の事例研究
(1)東日本大震災および原発事故を契機に生まれた「共創」的実践活動の調査
昨年に引き続き、震災・原発事故後の社会の再建に向かうヘルスプロモーションの理論構築にむけて、「共創」的実践活動を行っている福島県の団体を対象に情報収集、訪問調査を行った。訪問対象団体は、東日本大震災および福島第一原発事故を契機として地域再生や社会的事業に取り組み、「共創」的関係を基盤とした活動を続けながら経済的基盤を構築するために様々な人々と連携しネットワークを組みながら活動を展開している。本年度は、いわき未来会議の事務局員(福島県いわき市在住)、もりたかやアートスタジオ(福島県いわき市)のCSR担当者、NPO法人蓮笑庵くらしの学校(福島県田村市)事務局員、一般社団法人ふくしまはじめっぺ(福島県郡山市)スタッフ、飯館村村民までいな対話の会代表に聞き取り調査を行った。また、2月には双葉郡未来会議主催の広野町視察ツアーに参加し、双葉未来学園、Jヴィレッジ、広野町火力発電所等を視察し、双葉郡未来会議の取り組みと課題について調査した。(非営利・協同総合研究所いのちとくらし 2015年度研究助成を受けて実施し、2016年度も継続が認められた。)

 

(2)高齢社会における問題解決に向けた住民主体の「共創」的実践活動の研究
千葉県松戸市内の約50か所の自治会では、自動電話「あんしん電話」をツールとした地域見守り活動が住民主体で行われている。「あんしん電話」をツールとした見守り活動を市内全域に広めるために、「松戸あんしん電話協議会」が2014年に設立され、現在、約50自治会、NPO,医療福祉機関が連なっている。「松戸あんしん電話協議会」の活動の展開のプロセスは、孤独に暮らす単身高齢者と共に、高齢になっても安心して暮らせる地域を創りだす「共創」的実践であり、各自治会内の活動の活性化、複数の自治会間の連携の強化、セーフティネットの構築につながっている。筆者は、2015年は事務局の運営に関わり、松戸市における高齢住民主体の見守りシステム構築における指針を打ち出す助言を行ってきたが、2016年からは推進委員のメンバーとなり、引き続きこの活動の推進に協力するとともに、そのプロセスを検証している。社会デザイン研究所・星野哲研究員との共同研究。

 

 

3.「場(フィールド)」の作用の研究
昨年度行った「共創的空間」(集団心理療法、円坐、即興芸能)の研究から、「共創」概念の研究には「場」の作用に着目する必要があるとの知見を得た。「共創」という言葉は様々な分野で使われ、様々なタイプの「共創」があるが、「場」の作用の濃淡によってその類型化がより明確にできるのではないかと考えられる。そこで、本年度は「場」の作用の研究を掘り下げることとした。文献研究、NPO法人場の研究所の定期研究会へ参加、執筆活動を行った。また筆者自身がファシリテートして集団心理療法のワークショップを行い、その後参加者にアンケート調査を行った。

 

 

4. 「共創」の社会化・普及活動 
(1)地蔵の会  
東京葛飾区にある青戸やくじん延命寺で、このお寺を、現代社会の都会に暮らす者の現実にあった祈りを持ち込める場にしたいという共通の思いを持つ3名(筆者を含む)で2016年4月「地蔵の会」を設立し、寺を地域に住む人たちの心の拠り所として開いていく「共創」プロジェクトをはじめている。月1回、延命地蔵の前で過ごす円坐の集いを基本に、対話力の低下が起こっている現状へ課題認識から、コミュニティに「聴く」力を取り戻すことを意図した、「暮らしの中で『聴く』時に使う技・立脚する世界観の探究」講座や、単発的な企画を行っている。

 

(2)嬬恋「共創」プロジェクト
都市近郊に住む者が、心の危機や生活上の危機(自然災害等)の時に行ける場所を、群馬県嬬恋村在住の建築家の協力を得ながら賛同者と共に創るプロジェクト(筆者発起人)。2015年に開始し、本年度は「共創」研究会参加者をはじめ筆者のこれまでのネットワークに幅広く視察を呼びかけ、共同作業を通しながらプロジェクトを進めた。将来的には、貧困等様々な理由から旅行に行く機会のない子供たちが自然体験ができる宿泊設備を整備し、寄付をはじめとする「志金」で運営していくしくみの構築を目指している(温かいお金を回す)。

 

(3)共創的実践推進・支援者ネットワーク設立準備会(仮称)立ち上げ
保健医療福祉政策が大きく変動している現在の社会情勢において、これからの専門職の支援活動のあり方として「共創」モデルを採用・推進していくことに関心のある専門職と「共創的実践推進・支援者ネットワーク設立準備会」(仮称)を立ち上げ、第1回の意見交換会を行った。

 

 

【成果】
「活動内容」に対応する形で記す。

1.「共創」研究会
研究会活動を経て、「共創」モデルが、ヘルス領域に働く援助専門職の間のみでなく、ビジネスや商品開発等の領域でも応用可能な可能性が見えてきた。それと同時に、「共創」の類型化とモデルの洗練化が必要であることも判明した。
研究会への参加者のうち特に支援領域で働く者からは、「共創」モデルを用いて表現すると、これまでつかみどころがなく他者に伝えづらかった実践現場にある躍動感や力動が伝えやすいというフィードバックを得ており、来年度は、まず、支援領域の力動をつかむものとして更なるモデルの洗練化に努めたい。

 

2.共創的実践の事例調査
福島県の「共創」的実践活動の事例調査からは、各団体が直面している経済的課題や今後の経済基盤構築の見通しについて、各活動のキーパーソンから話を聴くことができた。被災地域で「共創」的な取り組みを実践している者に共通していることとして、人々の暮らしを守ること、被災した人々との関係を第一に進めている活動をしていると、極めて長期的な視座に立って活動をする必要性に迫られ、活動者の中で時間軸が変化している(次世代を視野に入れた活動になっている)ことである。そこには、世界観や生命観の変化も起こっていた。「経済活動」の捉え方にも変化が生じていた。この事例調査は現在まとめの段階に入っており、来年度内に「非営利・協同総合研究所いのちとくらし」機関紙へ投稿する予定である。
 松戸市の「松戸あんしん電話協議会」へは引き続き参与観察を続けていく予定である。本年度の参与観察と聞き取り調査から、ボランティア活動の継続要因の分析を行った結果を踏まえて、日本健康福祉政策学会でポスター発表を行った。また、社会デザイン研究所・星野哲研究員との共同で社会デザイン学会誌に論文を投稿した。
題名:「高齢社会における都市近郊のコミュニティ形成の可能性~千葉県松戸市A町会の見守り活動におけるボランティア継続要因の分析から~」

 

3.「場(フィールド)」の作用の研究
 (1)グループワーク、心理療法等において「場」(フィールド)とはどのような機能を果たすのか、筆者の実践体験および文献研究を踏まえて図式化した。その成果を、青戸やくじん延命寺で開催されている月1回の寺子屋で発表した。題名:「心理療法における技術と場(フィールド)の関係について」
 (2)集団心理療法における「場」がどのように作用するものなのか、極めて深い洞察が得られる実践の書として、ファミリー・コンステレーションを創設した心理療法家のインタビューの翻訳本(2005年初版)を改訂し、再出版した。 題名:「いのちの営み、ありのままに認めて―ファミリー・コンステレーション創始者バート・へリンガーの脱サイコラピー論 完全復刻版」 東京創作出版 2016年6月

 

4.「共創」の社会化・普及活動 
地蔵の会、および嬬恋「共創」プロジェクトにおける成果は、実際に理念や理想を語るのみでなく、具体的な「場」が開かれ、そこが、これまでつながりのなかった人たちが出会い語らいの場として機能し始めたということであろう。コミュニティ活動に関心のある者が対話する場は、市民センターやワークショップルームなどで数多く開かれているが、暮らしと地続きにあり、その場を守る人「守り人」が定常的にいるところに「場」が開かれ、そこに人がつながりはじめている。つまり、1年目の成果は、守り人がいる形態の「場」に人が連なり参画しはじめたと言える。この「守り人」がいることが、今後の活動の展開にどのように作用していくのか、参与観察を行っていきたい。
共創的実践推進・支援者ネットワーク設立準備会(仮称)を立ち上げに至る経緯で明確になったことは、実践現場でのジレンマを抱える支援者が多数存在し、その者たちが集う場の必要性が高まっているということ、このニーズが、社会保障関連の制度改正が進められる中、横断的に広がりすそ野も広がっているということである。今後、保健医療福祉の専門職と研究者への呼びかけを行い、社会保障が公助の縮小に向かうことによって起こり得る事態への対応を共に考え創りだしてく者たちのネットワーク化を図っていきたい。

 

 

【課題】
2016年度の研究活動からは、現在進められている社会保障制度と税の一体改革が、支援職と利用者の生活の双方に多大な影響を与え、新たな課題が山積されている中で、支援職のジレンマの大きさと深さを目撃することとなった。そのため当初予定していなかった共創的実践推進・支援者ネットワーク設立準備会(仮称)の立ち上げに至ったのだが、現在、まだ支援者の状況把握を進めたばかりで、社会保障制度関連の制度改正の動向を横断的把握することや、課題分析等、社会情勢の変化に即した研究がますます必要となっていることを痛感している。この課題に取り組み、実態把握や方策の検討と同時に、「共創」的実践をいかにして推進していけるのか、具体的なソーシャルワーク論の構築が次年度以降の課題である。

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