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2022年度 研究報告 (立教大学社会デザイン研究所)

         「非日常空間の日常における創出」に関する研究  その3
     −既存の組織宗教との距離と関係性の探究と検証−


 

 

 

【  概 要  】

 本研究では、コミュニティヘルスにおいて重要となる「非日常空間」を、「従来の経済的価値に縛られない領域において、起こった出来事と和解することができ得る空間」(2019年度活動報告書参照)であり、「日常から乖離しない形で、日常で他者と共に生きることへと強く押し出す契機となるような場」と定義している。

 本年度は「非日常空間における日常における創出」をテーマに研究をはじめて3年目となる。2020年度は、「非日常空間」を定義することやプログラムの開発(※1)に注力し、2021年度は、「非日常空間の日常における創出」における「こころの専門家」の役割を検討し、保健医療福祉の専門職と共に課題認識を共有し言語化することに取り組んできた。 

 3年目となる2022年度は、定期的な研究会の開催を一旦停止し、前年度の研究と実践活動において浮上した問いーコミュニティヘルスにおいて重要であり、こころの専門家が創り得る「非日常空間」すなわち、従来の経済的価値に縛られない領域において起こった出来事と和解することができ得る空間」は、既存の宗教が提供する「非日常空間」とどのような違いがあり、どのような共通項があるのかーを探求する1年となった。

 このような研究テーマに至った背景には、これまでの「非日常空間の創出」の実践活動において、「非日常空間」の代名詞である「寺」が日常を活きる人々の交差点として重層的な機能を持つリソースとなりうることが実証されてきた(2021年研究報告書参照)が、それが物理的な「寺」であったからなのかどうかという問いが、筆者が開催する「非日常空間」に集う者から生まれ、繰り返しそのことについて議論を重ねることになったからである。そこで、今年度の「非日常空間の創出」の実践活動では、昨年度から行っているものに加え、新たに聖職者と組んで物理的な「寺」を出た場での開催を試み、物理的な「寺」でなかった場合に何がどう異なるのかということや、暮らしに根づいた心理支援を行うにあたって既存宗教との適切な距離や関係性を検証することとした。また、「寺・信仰・祈り」といったことと「暮らし」や「心理支援」が交差する領域で活動を行っている団体や個人を訪ね、視察および参与観察を中心とした研究活動を行った。

(※1)これまで開発してきたプログラムについては、「『他者と共に生きる』関係構築に向かった『共創する身体』づくり講座−コミュニティヘルスを促進する人材育成プログラム開発に向けて−(Social Design Review Vol.11)」を参照。  論文へ  講座概要へ

  


【活動内容】

1.    リレーショナル・ヘルス研究会の活動
昨年、リレーショナルヘルス研究会を、「ヘルス領域で働く有資格者同士が集い、よりよい実践に向かって研鑽し合い  

探求していく場」として再設定し、コミュニティヘルスにおいて「非日常空間」が重要であるということを共有する対 

人支援職(看護師、保健師、薬剤師、社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、作業療法士、公認心理師、鍼灸師、僧侶等)約10名が連なる研究会を発足させ、「非日常と日常が出遭う処(ところ)」というテーマで研究会を開催した。本年度も同テーマの研究会を継続する予定であったが、上述した問いの探求を優先したため、定期開催は一旦停止し、研究計画を再考するためコアメンバーでのブレストを行ったり、宗教や信仰、祈りと心理支援が交差する領域で実践を行っている者を訪ね、活動を視察し意見交換を行った。

(1)研究実践のあり方検討(ブレスト)会議 (全6回)
2022年5月23日、6月7日、9月23日、谷口起代・谷澤春美
2022年4月26日、6月7日、12月12日、谷口起代・木原健、飯塚真結


(2)視察調査
①4月20日〜22日 沖縄県南城市で活動するモンゴル人シャーマンのUriyanghai Murun氏を訪ね、氏のオリジナルプログラムとして提供を開始した自然リトリートに参加。シャーマンとしての活動と心理支援や地域づくりとの折り合い点、注意点などについて意見交換。

 

②6月24日〜27日 長野県飯山市の小菅山で、長年途絶えていた山伏修行を復活する等の活動をしている株式会社みずほラボの大槻令奈氏と小菅集落にオープンラボを開いている一般社団法人未来社会推進機構の出澤俊明氏を訪ね、小菅山の山伏修行の工程を実際に辿り、企画運営について聞き取り、霊性を扱う時の注意点等について意見交換。

 

③11月27日〜29日 研究会メンバーの谷澤春美氏と、福島県いわき市および双葉郡を訪問し、被災者のこころに寄り添った活動をしている活動者からの聞き取り調査等を行った。(訪問場所:木戸の交民家、一般社団法人AFW、廃炉資料館、東日本大震災・原子力災害伝承館、原子力災害考証館Furusato、菩薩院(いわき未来会議の事務局))

 

④12月12日 港区神谷町にある光明寺の境内でオープンテラスを開催している木原健氏を訪ね、テラスやコワーキングスペースを視察。寺の役割について等意見交換。
 

2. 「非日常空間」の創出の実践活動

 

(1)     てらたん塾(「てらたん」は、「寺で胆力をつける」の略称) 
てらたん講座(※1の「共創する身体づくり講座」の原型となった講座)の修了生の月1回の探求の場。心理療法の技法を用いて自己探求を共に行なっている。その気づきをどう日常に活かせるかについても共に探求している。

 月1回 第三日曜日 午後2時〜6時で開催。
 

(2)    ここくら相談室の開催
「ここくら」は、「こころとくらしの相談室」の略であり、日常空間(住居の一角のスペース)にある相談ブースである。友人や友人の紹介、ご近所づきあいをしている人も気軽に通える場でありながら、暮らしの相談(福祉領域)からこころの相談まで受け付け、必要に応じて心理療法の技法を用いるという生活および心理支援の一形態(ソーシャルワークと心理療法の統合版)の実験的実践である。これは、カウンセリングルームでのカウンセリングで感情の解放や気づきがもたらされても、それがクライアントの日常における行動変容や人間関係の改善につながらないという課題に長年取り組んできた結果辿り着いた、より日常の関係性の中で回復していくことを意識してデザインした形である。2022年度の利用者は6名。利用者は、ほぼ月1回程度のペースで「ここくら相談室」を利用。

 

(3)    お坊さんと過ごす午後のスイーツと感話の会 
「非日常空間の創出」の実践として今年度新たに試みた。聖職者(浄土真宗僧侶 木原氏)と組んで物理的な「寺」の外で空間を創る実践的研究。自宅の一室である共創ラボのごちゃスタジオで開催。場づくりの担当者に研究会や寺子屋の参加者である飯塚氏を配置し、場作りの実践訓練(OJT)の側面も含んだ企画とした。7月より月1回(原則第1火曜日13:00〜15:30)全12回の予定で開催。定員5名。

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(4)    寺子屋の企画運営  
寺子屋(曹洞宗 永正寺)の前身は、葛飾区青砥の延命寺で2015年4月から副住職によって開催されてきた「哲学者内山節先生の寺子屋」である。コロナ禍において2020年4月から谷口が全体コーディネートの役割を担い、寺子屋運営チームを編成して開催してきている。

 「お互いの『見えている世界』を語り合う寺子屋」を基本コンセプトとし、第1部は、「参加者が見えている世界を語る時間」第2部は内山先生の「先生が見えている世界を語る時間(年間テーマ「宗教、信仰、願いがつくる世界観について」)としている。

開催形式:月1回、基本第1日曜日(8・3月お休み)14時〜17時30分。会場参加とオンライン参加、および後日視聴参加の3形式で参加可。実施内容は以下のとおり。

寺子屋開催記録_edited.jpg

3.  「非日常空間の創出」の概念・意義・技術の普及(社会化)


(1)    大慈学苑
 ターミナル期に関わるケアサポーターを育成する「訪問スピリチュアルケア専門講座」にて、

 「スピリチュアルケア技能」と「システム論的アプローチとリレーショナルヘルス」の講義を担当。

   全3回(7月12 ・19日、11月26日、1月29日)

 

(2)    相模女子大学 人間心理学科 心理療法演習VI 担当。

    心身心理学(サイコソマティック)領域の演習としてシステミックファミリーコンステレーションの演習

(3)一般社団法人あんしん地域見守りネット 機関誌「かけはし」原稿寄稿
   ①「まちなかの小さな『こころの拠り所』を開き続ける」かけはし5号 
   ②「地域共生が謳われる時代の『暮らしの中の心理支援』を考える」かけはし6号 

 

(4)一般社団法人リレーショナルヘルス・ネットワーク 設立
上記1.(1)の検討会議を重ねた結果、「非日常空間の創出」を含む、制度上の限界を超えた心理支援を行うフリーランス心理職の活動を後押しするネットワーク組織の必要性が明確になったため、2015年の研究会立ち上げ当時からのメンバーである谷澤春美氏と共同で、一般社団法人を設立した。概要は以下の通り


法人の目的:

「健康は関係の中にある」という健康観(リレーショナルヘルス)に基づく「暮らしの中の心理支援」を推進し、充足を図ることにより、安心安全な社会の実現に寄与することを目的とする。

 

リレーショナルヘルスの定義(当法人の定義):

人を関係の中に織り込まれた存在として捉え、ホリスティックおよびスピリチュアリティの観点を踏まえた健康観である。

 

事業:

①リレーショナルヘルスの啓発

②暮らしの中の心理支援に関する調査・研究
③暮らしの中の心理支援を行う実践者の育成

④リレーショナルヘルス及び暮らしの中の心理支援を推進し実践する専門家のネットワークの構築

⑤災害被災地における心理支援

⑥その他当法人の目的を達成するために必要な事業 

【成果】

 

 本年度の研究では、コミュニティヘルス促進のためにこころの専門家が創り得る「非日常空間」―すなわち、従来の経済的価値に縛られない領域において起こった出来事と和解することができ得る空間」―は、既存の宗教が提供する「非日常空間」とどのような違いがあり、どのような共通項があるのか、さらには、既存の宗教とどのような距離感または関係性を持つことがより良いのかという問いをもって、実践および視察・参与観察を行ってきた。なぜなら、人生における苦難や解決の目処がたたない問題との折り合いや和解(もしくは赦しや救い)は従来、宗教の領域が提供してきたものであるが、現在はこころの専門家が提供することが求められる状況が増しているからである。そして、こころの専門家がスピリチュアリティを全うに扱える必要性が増しているからである。
 研究・実践から、既存の宗教が提供する「非日常空間」とこころの専門家が創る「非日常空間」の間には相違点(※2)も共通点も観察されたが、それらの分析・考察を研究成果としてまとめる段階には至らなかった。しかしこのように問いを立てて意識的にリサーチや実践を行い、繰り返し聖職者と意見交換を行ったことで、聖職者が司る領域と心理職が機能する領域との間にある一線、つまり役割の違いについて洞察が深まり、心理専門職が提供する「非日常空間」は、暮らしの中の心理支援という「暮らし」に向かうベクトルを持つこと、さらに、暮らしの中の心理支援として「暮らし」という「場」で心理専門職に必要とされる技術は従来のカウンセリングルーム等で心理職に必要とされる技術とは明確に異なること、また異なる原理(支援の原理ではなく共創の原理)になることを明らかにすることができた。(なお、今回の研究では聖職者が司る領域が何であるかを言語化することはできなかったので、この課題は次年度の非日常空間(寺子屋の番外編およびてらたんの検証)にて取り組む予定である。)
 要点をまとめると、暮らしの中の心理支援では、心理専門職は、治療者(支援者)の立ち位置には立たない。心理専門職が有する、こころ・感情・行動変容に関する専門知識や技能は活用されることになるが、それらは個人へ向けてではなく、場に生じている現象に対して、たとえば、関係を再構築する機会を創るためや、関係を構築するコツをさりげなく伝えるため、場における関係性継続の潤滑油的存在となるためなどに用いられることとなる。(図1 参照)

 

図1:「暮らしの中の心理支援」で必要となるスキルのイメージ(相談室との比較)

(※この図は、3.(3)②に挙げた一般社団法人あんしん地域見守りねっと機関誌かけはしの6号巻頭言に寄稿したもの)

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暮らしの中の心理支援.png

 2017年に公認心理師法が全面施行され、今後、心理職の活動領域は広がり様々な場に心理職が配置されていくことが想定されている。しかし心理専門職育成カリキュラムにおける援助技術は、いまだカウンセリング技術が中心となっており、現場のニーズとの乖離の問題は更に顕在化されていくだろうと考えられる。そのような中、コミュニティヘルスにおいて心理職にもとめられる役割と技術が、カウンセリングで求められるそれとは異なる内容と原理であることを明らかにできたことは、時代の要請にあった成果といえるのではないかと思う。
 実際、カウンセリング等に繋がらない人たちの中に真に心理的な支援を必要としている人は多い。今後、フットワーク軽く、多様な場(例えば被災地の再建の場など)にアウトリーチしていける技術と包容力を持つ心理専門職の育成が急務であると考えられる。この点に取り組み、さらにフットワーク軽くアウトリーチしていく心理職の活動を後押しすることを目的として、3.(4)で挙げたように、一般社団法人リレーショナルヘルス・ネットワークという具体的な組織を設立できたことも、成果として数えられるものと認識している。

※2 最も大きな違いとして観察できたのは、空間において起こる会話の転じ方や向かっていく方向性、落としどころであった。たとえば、物理的な「寺」を出た住宅の一室(共創ラボのごちゃスタジオ)で本年度新たに取り組んだ「お坊さんと過ごす午後のスイーツと感話の会」では、通常、お寺の境内でも自在に人が交わる場を開催している木原氏にとって、生活の一部にある場だからこその会話が飛び交い、そこに仏教の教えを絡めてお話しすることは新しい取り組みであったが、「暮らしの空間での話の帰結は暮らしの細部や具体的な事象に戻る」ということを観察できたとのことだった。実際、宗教施設での会話は、最終的に「お地蔵さんがここで聞いてくれている」感や、「観音様が聞いているからね」といういわば「普遍・抽象」の世界に戻っていく方向性を持つ傾向が随所でみられる。言い換えると、人間関係や生活実態を超えたものとの結びつきがもたらす安心が占める割合が大きい。それに対して、暮らしの空間では、暮らしの永続性を感じながらいまここにいる自分をとらえることによる安心や、より具体的な事象一つ一つの結びつきから得る安心などに会話が帰結しやすい。このことについては今後より一層の検証が必要ではあるが、暮らしの中に創出された「非日常空間」の方が、ルーティン化された暮らしに新たな視点を持ち込む契機となりやすく、暮らし自体の変容を促す作用をもちやすいということが言えるのではないかと思う。

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