2023年度 研究報告 (立教大学社会デザイン研究所)
「非日常空間の日常における創出」に関する研究 その4
−コミュニティヘルス促進を目的とした、「共同作業」でつながる「非日常空間」の条件の検討−
【 概 要 】
本研究では、コミュニティヘルスにおいて重要となる「非日常空間」を、「従来の経済的価値に縛られない領域において、起こった出来事と和解することができ得る空間」であり、「日常から乖離しない形で、日常で他者と共に生きることへと強く押し出す契機となるような場」と定義している(2019年度活動報告書参照)。また、「コミュニティヘルス促進」とは、日常の暮らしの次元での親密な関係構築(いざという時に具体的に助け合う関係構築)を指す言葉として用いている。
本年度は「非日常空間の日常における創出」をテーマに研究をはじめて4年目となる。
1年目(2020年度)はサブタイトルを「都市部におけるコミュニティヘルス促進にむけて」とし、コミュニティ(暮らしの次元での親密な関係)づくりに必要な「非日常空間」を定義することやプログラム開発(※1)を行った。
2年目(2021年度)は、「コミュニティヘルスにおける『こころ』の専門家の役割の検証」と題して、前年度の研究で導き出した「非日常空間」に関する知見や課題認識を、「地域共生社会」の実現や「地域包括ケアシステム」構築において重要な役割を果たす保健医療福祉の専門職(看護師、保健師、薬剤師、社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士、作業療法士、公認心理師、鍼灸師、僧侶等)と、研究会を通して共有し意見交換をすることや、実践の場を共にする者(以下3.の(1)のてらたん塾メンバー)との間で意見を交わし合うことを試みた。
そして3年目(2022年度)は、前年度の実践と研究から浮上した問い、すなわち、「コミュニティヘルス促進にむけて、こころの専門家が創り得る『非日常空間』は、既存の宗教が提供する『非日常空間』とどのような違いがあり、どのような共通項があるのか」を探求することに重点的に取り組み、聖職者と組んで物理的な「寺」を出た場での集い(以下3.の(3)参照)を開催する等の新たな試みを行い、そこから、聖職者の司る領域と必要とされる技能との対比によって、「日常における非日常空間の創出」における心理職の役割と技能を明らかにした(サブタイトル「既存の組織宗教との距離と関係性の探究と検証」)。簡約すると、「日常における非日常空間の創出」において心理専門職に必要とされる役割と技能は、従来のカウンセリングルーム等で必要とされるものとは異なり、暮らしにおける様々な「場」に生じる現象に対して、関係を再構築する機会を創る、関係を構築するコツをさりげなく伝える、「場」における関係性継続の潤滑油的存在となる等の役割であり、それを遂行するための技能である(※2 図参照)。
本年度は、この技能を持って、こころの専門家が創出する場のコンテンツに関する洞察を深めるべく、以下2に記すように、共同で行う作業、特にいにしえから紡がれてきた作業の場に研究者自らが身を置き、参与観察を行うことを重点において活動した。
(※1) 開発してきたプログラムについては、「『他者と共に生きる』関係構築に向かった『共創する身体』づくり講座−コミュニティヘルスを促進する人材育成プログラム開発に向けて−(Social Design Review Vol.11)」を参照。
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(※2) 非日常空間の創出において、心理職に必要とされる役割と技術(右側)
【活動内容】
1. リレーショナル・ヘルス研究会の活動
2015年の研究会立ち上げ当時からのメンバーである谷澤春美氏と共同で昨年度設立した、一般社団法人リレーショナルヘルス・ネットワークで、「日常における非日常空間の創出」を要とした暮らしの中の心理支援や災害被災地における心理支援をフリーランスで行う者の育成を目的とした研修の企画を練るブレスト会議「一般社団法人リレーショナルヘルス・ネットワークの研修のあり方検討会議」を行った(3回)。
開催日:2023年2月27日、6月30日、12月26日、参加者は谷口起代・谷澤春美
2. いにしえから紡がれてきた共同作業への参与観察
以下の場に参加し、体験そのものが持つ研究者自身への作用を観察するとともに、この作業が紡がれてきた要因や取り仕切る者の質(要件)等について観察・聞き取りを行った。
(1)おてんま作業
飯山市小菅地区に4月28日〜30日滞在し、29日に行われた「おてんま」(霊山である小菅山の参道や、周辺の歩道に冬の間に溜まった泥や枯葉の掃除の作業)に参加し、それを担う人たちと交流。「おてんま」とは、村の共同作業(道路や河川の掃除や間伐伐採など)を一軒から一名参加しておこなうもので、長野や群馬で使われている言葉である。
(2)米作り
「合同会社あめつちのうた」(群馬県嬬恋村)が古代米を作っている田んぼの作業に、苗づくり(3月)から脱穀(11月)まで月1回のペースで参加。
(3)苧麻(からむし)の糸引きと糸績み
山本あまよかしむ氏が主催する「みちくさあん」(千葉県長生郡白子町)の「くさの寺子屋」で、苧麻の糸引きから糸績みまでの工程を体験する1日講座を受講。(受講日:7月2日)
(4)大麻のお正月飾り作り
関東唯一の大麻の生産地である栃木県鹿沼市(旧粟野町)で400年の歴史を持つ麻農家が運営する「野州麻紙工房」にて、大麻栽培の歴史の説明を受け、お正月飾りづくりワークショップに参加。(参加日:12月2日)
3. 「非日常空間」の創出の実践活動
(1)〜(5)は昨年度から引き続き開催。内容や意義の詳細は2022年度報告書参照。
(1) てらたん塾(「てらたん」は、「寺で胆力をつける」の略称)
てらたん講座(※1の「共創する身体づくり講座」の原型となった講座)の修了生の月1回の探求の場。
月1回 第三日曜日 午後2時〜6時で開催。
(2) ここくら相談室の開催
暮らしの相談(福祉領域)からこころの相談まで受け付け、必要に応じて心理療法の技法を用いるという生活およ
び心理支援の一形態(ソーシャルワークと心理療法の統合版)の実験的実践。
2023年度の利用者は5名。利用者は、ほぼ月1回のペースで相談室を利用。
(3) お坊さんと過ごす午後のスイーツと感話の会
2022年7月より12ヶ月間、「非日常空間の創出」の新たな試みとして、聖職者(浄土真宗僧侶 木原氏)と組んで
行った、物理的な「寺」の外で「非日常空間」を創る実践的研究。場づくり担当として研究会やてらたん塾メンバ
ーである飯塚氏を配置。全企画終了後に振り返りの研究会を行い、そのアウトプットとして下記(5)の寺子屋で
報告(11月12日)


(4) それぞれの3.11への静かな時間
3月11日13時〜17時。昨年度に引き続き、合同会社共創ラボのごちゃスタジオにて、木原祐健僧侶と共同で主催。
5名参加。
(5) 寺子屋の企画運営
東京都世田谷区下北沢にある永正寺(曹洞宗 藤木隆宣住職)で月1回開催。2020年4月からは谷口が全体コーデ
ィネートの役割を担い、運営チームを編成して開催している。

(6) 寺子屋番外編 飯山・小菅 合宿の企画運営
北信濃三大修験場の1つである長野県飯山市の小菅山で、長年途絶えていた山伏修行を復活する等の活動をして
いる大槻令奈氏が属する一般社団法人未来社会推進機構および株式会社みずほラボ、小菅集落の人々の協力を経
て企画し、哲学者内山節先生と共に1泊2日で、自然と共にある暮らし、暮らしと共にある共同体の信仰を体感する
体験型合宿として、6月3(土)4日に開催。
合宿行程には、「おてんまの恵みとは、そしてふるさととは」と題した1000年集落を目指すワークショップ
(現地でおてんまを体験している人たちとの対話・交流)への参加、山伏修行の一部を辿る小菅山登拝、護摩堂
宿泊、大切なものと丁寧にお別れする焚き火などを含めた。参加者17名と当日スタッフ3名と企画者2名で遂行。
4. 「非日常空間の創出」「リレーショナルヘルス」概念・意義・技術の普及(社会化)
(1) 大慈学苑
「訪問スピリチュアルケア専門講座」にて、「スピリチュアルケア技能」と「システム論的アプローチとリレーショ
ナルヘルス」の講義を担当。全2回(9月19 ・26日、11月18日)
(2) 相模女子大学 人間心理学科 心理療法演習VI 担当。
(3) 上記3.(5)の寺子屋にて発表 (4月2日)
タイトル:「コミュニティづくりをしてきて、今、辿り着いているところ」
内容:コミュニティづくりにおける非日常空間の役割、機能、日常空間との関係性について
【成果】
本年度の研究では、心理専門職がいかにしてどのような「非日常空間」を創出することが、コミュニティヘルス促進に寄与するのかという問いを背景に、上記2の通り、いにしえから紡がれてきた共同作業の参与観察を行った。そのことで、これらの作業が紡がれてきた要因に関する洞察を得ようとしてきた訳であるが、まず第一に、これらの作業は、おてんまにしろ、米作りや糸績みにしろ、すべて、生活を継続するために必要であったから紡がれてきたという点は抑えておくことが必要であろう。今回の参与観察において体感を通して得た気づきは、現代では、かつて「生きるために必要だった作業」を行うこと自体が「非日常体験」であり、それを安心して行える場は、「非日常空間」となるということであった。
では、このような、いにしえから紡がれてきた共同作業による「非日常空間」は、果たしてコミュニティヘルスを促進するのだろうか。また、促進するとしたら、この種の「非日常空間」を可能にする条件は何であろうか。
まず、過去3年間の本研究過程において、コミュニティヘルス促進に向かう「非日常空間」は、第1に、起こった出来事と和解することができる、すなわち、カタルシス効果を持つ場であり、第2に、日常で他者と共に生きることへと強く押し出す契機となるもの、としてきたが、参与観察を通した体験から、この2つの条件は兼ね備えていることが確認できた。現時点ではまだ主観的な感想の域を出ない研究成果ではあるが、今回の参与観察として参加した場の参加者らの感想からも、これらの作業を「共に行う」ということを通して、古くから続く価値あるものを共に紡いでいるという、自分という個体を超えた大きな人間の生の営みに参与している感覚を持つことが起こり、歴史の一部として自分を捉え直す契機となっていることが観察できた。そのことで、参加した者の間に、古くからの暮らしを紡ぐことに参画している同士とでもいった、特有の連帯感が育まれていることが観察できた。加えて、作業自体にカタルシス効果や瞑想効果があることは作業療法の分野では周知の事実であり、実際に、作業を終えた後は、静けさを伴うすがすがしさや達成感があった。このような場を地域住民が集う場として開催した場合、たとえばバザー品の制作のための地域の集まり等と比べてどのように異なるかについては、今後検証し言語化する必要があるが、いにしえから紡がれてきた共同作業を行う場としての「非日常空間」は、他の作業空間と比べて、より一層コミュニティヘルス促進に寄与することになるだろうという可能性を感じることができた。
また、この種の「非日常空間」を可能にする条件に関しては、このような空間には、みえないもの、きこえないもの(たとえば、稲の声とか、自然の声など)を聴ける者の存在が不可欠であるということが観察できた。たとえば、おてんま作業で小菅山の参道の掃除をしていた時に、集落の区長から都会からの参加者が、枯葉の取り除き方について注意される場面がたびたび起こったが、なぜこの枯葉は取り除き、他の枯葉はそのままで良いといわれているのか、一見その判断基準がわからないということがあった。注意をする区長本人も、なぜと問われても「わかるだろう」としか説明がつかないようであったが、注意深く観察していると、区長はこの道が小菅の神様の通り道であり、参道としてみたときに、この枯葉はそこにあってよいものなのか、取り除かれるべきものなのかという判断をしていること、つまり、「人が歩く道を綺麗にする」という観点では取り除くべき枯葉はそのままにしていても注意されていない、ということが見てとれた。つまり、区長には、この場(小菅の神様がいらっしゃる場)に何が求められているかを聞き取る術が、長年の作業によって身体化されていた訳である。これは、古代米を育成している田んぼで稲をいつ刈るのかという判断や、苧麻を刈るタイミングの判断の話でも、同様のことが観察された。
つまり、コミュニティヘルス促進を目的とした、いにしえから紡がれてきた「共同作業」でつながる「非日常空間」には、見えないもの、語らないものと対話できる質を持った者の存在が必要となるという知見が導き出されたが、ここからは、いささか強引ではあるが、いにしえから紡がれてきた、生きるために必要な共同作業には、暮らしと地続きの霊性が育まれるのではないかという仮説が成り立つ。2022年度の研究で、こころの専門家がスピリチュアリティを全うに扱える必要性が増していることを論じてきたが、この、いにしえから紡がれてきた共同作業を導入するに必要な質を兼ね備えることにおいて身につけられる「暮らしと地続きの霊性」が、コミュニティヘルス促進を目的とした「非日常空間」の創出を通して暮らしの中の心理支援を行う心理専門職が必要とする霊性の1つのモデルとなる可能性があるかもしれない。次年度は、この検証と共に、2020年度から行ってきた研究の知見との統合をめざし、心理専門職が創り得る日常における「非日常空間」の具体的な形の1つを明らかにすることに取り組みたい。