2025年度 研究報告 (立教大学社会デザイン研究所)
「非日常空間の日常における創出」に関する研究 その6
−ソーシャルワークと心理療法の統合の実践と検証−
【 概 要 】
コミュニティヘルス促進に必要不可欠な要素として、「非日常空間」を研究対象にしてから6年目となる本年は、筆者が「非日常空間」の創出の実践活動として9年程継続して運営している「てらたん塾」で用いる「システミック・ファミリー・コンステレーション」という心理療法を研究の対象として絞った。そして、この技法が心理療法のワークショップのみでなく、コミュニティヘルス促進において持ち得る機能と作用を明らかにすることに注力した。具体的には、「システミック・ファミリー・コンステレーション」の「代理人現象」※1の体験共有が、ソーシャルワークの基本を踏まえて、「暮らしと地続きの場」※2で用いられることで生じるコミュニティヘルス促進における機能と作用を分析し、そこで得られた知見を外部(学会など)で発表することを行なった。
なお、上記「ソーシャルワークの基本を踏まえて」が意味する具体的な内容は2024年度の研究として報告してきたので省略するが、主に自己覚知、インフォームド・コンセント、バイスティックの7原則等を踏まえ、こころの問題と生活上の問題の双方を同等に視野にいれて関わることを指している。
また、本研究における「非日常空間」の定義は、「従来の経済的価値に縛られない領域において、起こった出来事と和解することができ得る空間」であり、「日常から乖離しない形で、日常で他者と共に生きることへと強く押し出す契機となるような場」である。つまり、「非日常」という言葉で一般的にイメージされやすい、自然の中に入ることや神社や仏閣巡り、日常の関係を断って参加する瞑想会などは含まない。
※1 代理人現象:システミック・ファミリー・コンステレーションというグループワークの手法を使うことで立 ち現れる現象。問題を抱えた家族の代理人を参加者の中から選び、その家族の関係性を表すように配置すると、次第に配置された代理人は自分が代理している人の感情や感覚を感じはじめ、その家族内の力動が現れる。この現象が起こるメカニズムについては、これまで形態形成場という概念で説明が試みられてきているものの、科学的に説明しうるものではないが、この現象が家族内の隠された力動を明るみに出し、関係の修復や和解をもたらすには有効であることは臨床現場では十分に確認されてきている。この手法は家族以外の関係性にも適用可能で、「AとBの関係性を、身体を通して感じてみる」というように用いることができる。
※2 「暮らしと地続きの場」とは、①日常でも関わりあう関係、②日常でも行き来する場所というように二重の意味を持つ。つまり、ワークショップルームなどレンタルして借りるような場所ではなく、固定の場を指している。現在「てらたん塾」は、自宅の一部を「住み開き」した活動拠点にある道場で開催しているが、その拠点にはサロンや厨房、相談室等が併設されているので、塾メンバーも塾メンバーではない者も、日常の用事でこの拠点に立ち寄ることがある。
【活動内容】
1. 日常における「非日常空間」としての「てらたん塾」の定期開催と常連メンバーへの聞き取り
筆者は2016年に、他者と共に生きる力を養成することを目的したプログラムを開発し、これまで複数回に渡ってこの講座を開催してきた。「てらたん塾」は、この講座修了生のフォローアップの場であり、2017年4月から、月1回(3月と8月を除く)継続して開催してきている。ここでは、システミック・ファミリー・コンステレーションを自己探究、関係性探究のツールとして用いているが、この手法が身体的な感受性を磨き深めるものであることから、塾の常連メンバーには、「月1回、身体にどっぷり入る日」、「てらたん風呂」「月1回、原始(人間存在そのものという意味)に戻れる日」などと言われている。
2025年度のてらたん塾開催日と参加者数
2025年度も各回2名ほどのオブザーバー参加枠を設けたところ、システミック・ファミリー・コンステレーションに関心がある、または、谷口のやっていること(心理療法とソーシャルワークの統合と表していることの中身)に関心があるという人たちからオブザーバー参加の希望があった(表のオブザーバー欄の数字は、総参加者のうち何名がオブザーバーであったかを示している)。
本研究のために、常連メンバーには、改めて以下の問いについて聞き取りを行なった。
・最初に(この摩訶不思議な)代理人現象を体験した(目の当たりにした、または代理人を体験した)時にどのよう
な感想を持ったか。
・この、言語では説明しがたい現象を、どのように自分の中で腑に落としていったか。
・腑に落とすために助けとなったこと、もしくは助けとなったものは何か。
・代理人現象を繰り返し体験してきたことで、日常において変化したことはあるか。それは何か。
2. 対人援助職向け講座の開催
てらたん塾の実践で培ってきた、身体的感受性を高める技や、場(フィールド)のつくり方と立ち上げ方、ホールドする際の技、暮らしに根付いた場づくりのコツなどについて、対人援助職にとって有益なものを抽出し、それらを対人援助職むけの講座としてまとめ、提供した。
受講者数は3名、開催日は、2025年7月27日(日)、8月28日(木)。
3. シンポジウムおよび研究実践発表会での発表
(1) 国際生命情報科学会(ISLIS)創立30周年記念シンポジウム「ホリスティック医学と不思議の科学VI」(2025
年8月8日〜8月11日)にて、上記1.2の成果について、「『日常における非日常空間』の創出:ファミリ
ー・コンステレーションの土着化の試み」と題して発表した。
(2)科学平和財団主催Sympo Cafe vol.6 「こころの起源とか、いのちの不思議とか・・・」(2025年12月6日
(土))にて、代理人現象によって得られた、特に集団力動を活かすために有益な視座について、「活動に〈い
のち〉が宿る時」と題して発表した。
4. 大慈学苑「スピリチュアルケア実践講座」にて研究実践からの知見を共有
一般社団法人大慈学苑が主催する「「スピリチュアルケア実践講座」にて、「システム 論的アプローチとリレーショナルヘルス」の講義を担当。この中に、上記1、2からの洞察を織り交ぜ共有した。
5. 相模女子大学人間心理学科、心理療法演習VIを担当、事例の紹介
相模女子大学人間心理学科、心理療法演習VI 「システミック・ファミリー・コンステレーションから〈いのち〉〈健康〉を考える」という講義(全15回)を担当し、システミック・ファミリー・コンステレーションにソーシャルワークの視点を入れ込むことで、心理療法以外にも活用できるということを事例として紹介。

【成果】
本年度の研究では、「システミック・ファミリー・コンステレーション」の「代理人現象」を研究対象と絞ったが、このこと自体が、筆者が行なってきた「日常における『非日常空間』の創出に関する研究」に流れにおいて、重要かつ大きなステップであったと捉えている。なぜならば、上述した通り、「代理人現象」が言語によって説明しがたい現象であるがゆえに掴みどころがなく、それゆえ「研究」の土壌にのせることに躊躇があったからである。しかし「てらたん塾」9年の実践を経て、筆者にも「てらたん塾」常連メンバーの間にも、説明し難い現象を語る言葉が育ってきたことがあり、今回の聞き取りが成立した。
本研究で明らかになった、「代理人現象」を暮らしと地続きの場で用いることのコミュニティヘルス促進における機能は、まさにこの研究のタイトル通り、「日常における『非日常空間』を生み出す装置として機能する」ということである。そして、その「非日常空間」は、日常で関わりあう者の間に流れがちな社交的会話の空間を一掃し、一段階深いところで出会い関係性構築することを可能にする。
常連メンバーはお互いの生活課題や心身の状態を長年、代理人という「身体を通して知る」関係にあり、そこから自然な形で日常の困りごとに対して手を差し伸べ合ったり、介護や結婚というライフイベントを家族のように喜び合ったり支えあったり、また、メンバーの家族の不幸についても「ただ、聞く」「ただ、共に在る」ということができる関係ができあがっている。つまり、「代理人現象」を暮らしと地続きの場で用いることのコミュニティヘルス促進における作用としては、暮らしの次元でつながっている人たちとの間で、喜びも悲しみも、老い、病、障害、逸脱、死といった事柄についても話し共有できるような関係を育むことができるということがある。
てらたん塾メンバーへの聞き取りでは、「初めは他人の重い話にどう向き合っていいか戸惑ったが、回を重ねるうちにただ黙って隣に座れるようになった」「家族の悩みを聴いていても、相手と一緒に深呼吸することで自分も落ち着いていられるようになった」といった内容の回答が複数あった。つまり、塾に参加していない時でも、塾で育まれた「他者の苦しみと共にあることができる身体的感受性」はその人の日常で活かされている。
このような質がほぼ全ての常連メンバーの中に育っていることを聞き取りから確認できたことは、塾を運営してきた筆者にとって、人は本来「共にある」身体感受性を持っているということ、その「共にある」身体感受性は適切な場と訓練次第で確実に育つということ、これは教科書で学ぶものではなく場を通じて初めて体得できるものである、ということを確認できた出来事であった。つまり、「代理人現象」はコミュニティヘルスの促進に役立たせることができるという手応えを得られた。
本年度は、2と3で挙げたように、実践を検証することで得られた知見を、対人支援職向けの講座や学会・研究会での発表という形で実例として紹介したが、その結果、「代理人現象」を体験したことのない者からもコミュニティヘルスにおける価値の可能性に関心を寄せてもらうことができた。そのうち2名が「てらたん塾」にオブザーバーとして参加し、一人はリピーターとなっている。1名は、擬態や風土臨床を研究しているユング派の臨床心理師で、もう1名は神道に造詣の深い者である。この2人が実際に「てらたん塾」の場を体験し、彼らと「代理人現象」について意見交換をできたことで、次年度の研究テーマの展望が開けてきたことは筆者にとって大きな成果であった。
本年度の実践の検証では、常連メンバーやオブザーバー参加者との間で、「代理人現象」が、現代の既存宗教が従来提供してきた機能(人々の実存的な問いやスピリチュアル・ペインに関わること)と類似の機能を持ち得る可能性について言及される場面がしばしばあった。本年度は直接このテーマを掘り下げることができなかったが、現代の保健医療福祉領域においてスピリチュアルケアが貧弱であることの問題は指摘されはじめて久しく、現代の既存宗教が提供しきれていないスピリチュアルケア・スピリチュアルニーズを埋めることができる場の創出はコミュニティヘルスにとって喫緊の課題であるため、次年度以降の研究課題として取り組んでいきたいと考えている。