エッセイ 本気のコミュニティづくり
地域共生が謳われる時代の
「暮らしの中の心理支援」を考える
Jan 1, 2023
@ matsudo-city, Chiba-ken
この文章は、非営利型一般社団法人あんしん地域見守りネットのニュースュースレター
「かけはし」6号(2023年1月1日発行)の巻頭言に寄稿したものです。
地域共生が謳われる時代の「暮らしの中の心理支援」を考える
2015年に公認心理師法が成立し、2018年に第1回公認心理師試験が実施された。諸外国から遙かに遅れていた心理職の国家資格が、わが国でも誕生した。2022年9月末時点の公認心理師登録者数は57,645人となった。このたび縁あって、公認心理師の国家試験の受験を目指す現任者(すでに相談支援業務をしてきている者)を対象とした講習会の運営に携わり、「家族・集団・地域社会における心理支援」等の講師をするという機会に恵まれ、公認心理師のカリキュラムをつぶさにみることになった。そこで、講習会を運営し講義しながら感じたこと考えたことを、実践と研究の双方からコミュニティづくりに関わってきた中でかねてから持っていた問題意識に絡めてまとめてみたい。
これまでも心理職の民間資格は数多く存在していたが、それらは主に特定の分野に(たとえば学校では臨床心理士というように)限定される傾向があった。それに比べ公認心理師は、医療・保健、福祉、教育、司法・矯正、産業など幅広い範囲で活動することを想定した資格となっており、今後、広範囲の領域に心理職の配置が推し進められていくことが予想される。
コミュニティづくりでは、今、合い言葉は地域共生、自助・共助。つまり、支え合い、助け合いによって、様々な生活課題を抱えた人と共に生きていけるような関係づくりが必要になっている。この流れの中で、高齢者、子育て中の者、障害を持つ者などが気兼ねなく集える場や、地域住民が共に食卓を囲むようなインフォーマルな場が市民によって数多く生まれてきた。そこで家族のような付き合いに発展することもあり、その場が日々の暮らしの安心を提供するとともに、何かがあった時のこころの拠り所になっていたりする。実際に、困った時に助けられる、助けるという関係にも発展し、「この場があったことで救われた」「なかったら乗り越えられなかった」ということも起きている。
しかし同時に難しさもある。「誰も排除しない」という深い思いの元に開かれたオープンな場が、問題行動を繰り返す人の対応に追われ閉鎖的になっていく、主催者が疲弊し心身のバランスを壊す、危機介入に繋がらない、後継者がいない・・・等、さまざまな場において共通した困難を見聞きしてきた。こんな時、もし、心理の専門家が、つまり、こころや感情、行動変容に関する専門知識と援助技術を持つ者が、普段からそのような場にさりげなく顔を出す関係にあって、何食わぬ顔でその場に混ざり、そして必要な時にだけ適切にさらりと主催者にアドバイスできるようなしくみがあったなら、事態はこうもこじれることはなかったのではないかと思うことがしばしばあった。
「あったらいいな」と理想を描くことは簡単だ。しかし、実現するには長い道のりがある。今書いたような「さらりとアドバイスできる」人員を配置するなら、まずは、それができる心理の専門家育成からはじめなければならないだろう。現在の公認心理師養成のカリキュラムはやはり相談室等フォーマルな場でのカウンセリングによる支援形態が中心になっており、「暮らしの中にある場における心理支援」という領域はまだまだ未開拓の領域となっている。だから、まずは暮らしの中に創られている場において、どんな心理支援のニーズがあるかを活動の現場から声を上げていく必要があるだろう。
地域は複雑な人間関係で成り立っている。それはいざこざやしがらみを生みだすが、それを懐の深さに変えていくことができたなら人々の暮らしはより安心安全で活き活きとするはずだ。地域共生が謳われるこの時代において、今回の心理職の国家資格化によって心理職の配置が地域でも推し進められていくのであれば、暮らしの中の関係構築、関係継続、懐の深さをつくっていくことをにむかった「暮らしの中の心理支援」という領域が、国が推進する方向を補完するように、各々の自治体や地域ごとにしくみ化されていくことが求められているのではないだろうかと思う。
(一般社団法人リレーショナルヘルス・ネットワーク 代表理事)