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2015年度 研究報告 (立教大学社会デザイン研究所)

 

「共創」的実践の調査と「共創」概念の研究

【概要】

現行の健康政策は、個人に対する目的志向型の介入支援――人間の「あるべき姿」(「自立した個人」)を前提とした目的志向型の支援――が主たるアプローチとなっている。20世紀後半には、健康における心理社会的要因の重要性を説いた生物社会心理モデル(G・エンゲル)や、健康的な暮らしにおける環境との交互作用に注目したエコロジカル・モデル(C・ジャーメイン)など、個人への介入に過度に偏った支援のあり方を見直す理論が次々と提示され、保健・医療・福祉が一体となって人々の健康的な暮らしを推進する動きはひろまってきているが、従来の「自立した個人」を基盤とした制度的枠組みからの脱却には至っていない。その要因の一つに、人々の健康理解や制度設計が、環境や社会心理的要因の重要性に着目しながらも、いまだ、「自立した個人」という近代的人間理解を根底に置くパラダイム上にあることが挙げられる。
筆者はこれまでの研究で、人々の暮らしの健康を推進するためには、健康が個々の人に属するというパラダイムからの脱却が必要であり、健康は、「共に生活を創る」、または「共に生きる世界を創る」といった実践の中にあるという見解を示し、この実践のプロセスを「共創(Co-creation)」モデルとして提案してきた。従来の健康政策(支援モデル)が個を基盤とした実体論的理解に基づく人間理解に基づくものであったととらえるならば、「共に生きる世界を創る」実践の中に健康がある、という「共創」モデルを用いた健康観は、人間を関係存在として捉える関係論的人間理解に基づくものである。
筆者はこれまで、「共創」を、「誰もが安心して暮らせる社会に向かう」ヘルスプロモーションにおいて有効な概念として提案してきたが、今年度は「共創」概念の応用可能な範囲を探究することに重点をおいて研究活動を行った。具体的には、社会的企業等の取り組みにみられる「共に生きる経済」(内山節)の構築、地域活動、心理療法(グループワーク)、即興劇・即興芸能において、「共創」がキーコンセプトとなり得るかどうか参与観察および検証に焦点を置いた研究活動を行った。


【活動内容】

1. 実践的研究
(1)東日本大震災および原発事故を契機に生まれた「共創」的実践活動の調査
震災・原発事故からの社会の再建に向かうヘルスプロモーションの理論構築にむけて、共創的実践活動を行っている団体(いわき未来会議、もりたかやアートスタジオ(福島県いわき市)、NPO法人蓮笑庵くらしの学校(福島県田村市)、一般社団法人ふくしまはじめっぺ(福島県郡山市)、風廻家(福島県白河市)、片品地域未来振興プロジェクト(群馬県片品村)、嬬恋共創プロジェクト(群馬県嬬恋村))を対象に、情報収集、訪問調査を行った。これらの団体は、東日本大震災および福島第一原発事故を契機として地域再生や社会的事業に取り組み、現在、いかにして活動の原点を見失わずに経済的基盤を構築し持続可能な活動を展開していけるかを模索している段階にある。これらの団体は、「共創」的関係を基盤とした経済活動、すなわち、人々の暮らしの健康を守ることと矛盾しない経済のあり方を導き出すにあたり貴重な実践経験を蓄積していきているため、各団体が直面している経済的課題や今後の経済基盤構築の見通しについて、各団体のキーパーソンに聞き取りを行った(現在2か所のみ)。また、2015年10月には、白河市で風廻家を運営している実践者と合同で、嬬恋村(嬬恋共創プロジェクトの拠点)で「共に生きる経済」の可能性をテーマに研究会を開催し、コミュニティ再建活動と経済活動をつなぐということについて事例報告と討論を行った。(非営利・協同総合研究所いのちとくらし 2015年度研究助成を受けて実施)

 

(2)高齢社会における問題解決に向けた住民主体の共創的実践活動の研究
千葉県松戸市内25の自治会では、自動電話「あんしん電話」をツールとした地域見守り体制が住民主体で導入されている。「松戸あんしん電話協議会」は、この活動を推進している自治会役員等が連なり、政策に位置付ける運動を展開している。「あんしん電話協議会」の活動の展開のプロセスは、孤独に暮らす単身高齢者と共に、高齢になっても安心して暮らせる地域を創りだす「共創」的実践であり、各自治会内の活動の活性化、複数の自治会間の連携の強化、セーフティネットの構築につながっている。筆者は、研究者として事務局の運営に関わり、松戸市における高齢住民主体の見守りシステム構築における指針を打ち出す助言を行い、そのプロセスを検証している。社会デザイン研究所研究員・星野哲さんとの共同研究。

 

(3)集団心理療法、円坐、即興芸能に立ち会われる「共創的空間」の作用の研究
エンカウンターグループの流れを組む「円坐」、即興芸能である「きくみるはなす縁坐舞台」および「影舞」、集団心理療法がルーツの「システミック・ファミリー・コンステレーション」は、筆者が個人への介入とは異なる形態の、心の健康へのアプローチを模索する中で出会った手法である。これらの手法で創られる場は、療法的効果(カタルシス効果)がある。それに加え、参加者が日常生活において各々が自覚していなかった感情を体験し自分自身が知らなかった自分の姿に出会い、自己認識の変容が促され、「自己」という概念のとらえなおしが起こるなど、参加者が体験する事柄には共通するものがある。
 筆者はこれらの手法を実践者としての関心から習得してきたが、今年度からは、これらの場を「共創的空間」として捉え、この「共創的空間」で起こる自己認識の変容と自己概念の捉えなおしという現象に着目して研究をすすめることとした。その理由は、この「共創的空間」で起こっていることと、共創的実践で起こること(自他の境界の融解、当事者性の移行等)の間にはいくつもの類似性があるからである。そこで、「共創的空間」で起こっていることは、人間を関係存在として捉える「共創モデル」の主張を体験しうる場であるかどうかを検証し、集団心理療法、円坐、即興芸能等に対しても共創モデルが応用されうるかを検証することとした。
本年度は、参与観察として、大阪StudioCAVEで開催された「円坐」「きくみるはなす縁坐舞台」のワークショップへの参加(Fensworks主催)、広島平和祈念式典が執り行われる前日に開催された「戦争体験を語りつぐ即興傾聴空間―きくみるはなす縁坐舞台」への参加(Fensworks主催)、システミックファミリーコンステレーションのワークショップの実施と参加者へのアンケートを行った。

 

2. 「共創」モデルの普及活動
「共創」概念の普及と「共創」的実践の推進を目的に、講演・研究発表を行った。

(1)2015年6月 研究発表「支援の原理と『共創』の原理」 大阪Fensworks学習会
(2)2015年7月 研究発表「健康はどこにあるか―『共創』概念の研究から―」東京 延命寺 寺子屋 
(3)2015年9月 講演 “Co-creation” as the Key to the Enhancement of “Health” in the Post-industrialized  

   Japanese Society. Satya Wacana Christian University (Saltiga, Indonesia)
(4)同上 Soegijapranata Catholic University(Semarang , Indonesia)
(5)同上 Dhyana Pura University(Bali, Indonesia)
(6)2015年10月 話題提供「だれもが安心して生きられる社会を創る」東京コミュニティエンパワメント勉強会
(7)2015年11月 ゲストスピーカー「生活困難な状況にある者との『共創』が創出し得る『共に生きる世界』の

   可能性」立教大学21世紀社会デザイン研究科「貧困と社会的排除」

 

3.研究会活動
職場や地域活動において、共創的実践への取り組みを広めること、「共創」理論の深化を図ることを目的に「共創研究会」を立上げた。第1回共創研究会を2015年12月23日に開催予定。ゼミ形式の研究会の定期的開催と、共創的実践活動の訪問調査(年1~2回)を行っていく。

 


【成果】
「活動内容」に対応する形で記す。
1.実践的研究では、実践者との会話で「共創」概念を共有し「共創」を共通語として議論をすることが、活動におけるジレンマを表現することや活動指針を打ち出し共有する際に役立つことを確認できた。例えば、(1)で嬬恋村で「共に生きる経済」の可能性をテーマに議論した時は、「共に生きる経済」とは、環境に優しいとか社会貢献を目的にした経済活動であるかどうかという指標よりも、収益を上げる営みが共創的関係性を育むかどうかがより重要であろうという共通の認識にたどり着くことができた。これは、支援領域での事例を詳細に分析し考察することから理論化した「共創」概念が、経済活動のあり方を模索する人々とも共有しうることを示し、「共創」概念がより広く応用可能であることが確認できたという点において大きな成果であったと考えている。

2.「共創」モデルの普及活動における成果としては、インドネシアのSoegijapranata Catholic Universityの心理学部の健康心理学の研究者との間で共同研究の企画がすすんでいることが挙げられる。これは、講演会後の親睦会で、経済成長期にあるインドネシアでは個人化が急速に進んでおり、ヘルス政策でも個々人をいかに啓蒙・啓発していくかに力点がおかれているが、筆者の講演を聞いて、山村に住む女性(特に妊婦)への保健活動にコミュニティ・アプローチを導入してみたいという話があったことがきっかけとなっている。現在、詳細な研究計画は未完成であるが、インドネシアのヘルス領域に長期的に関わっていける方法を模索していく予定である。

3.研究会活動については、12月23日(水)に初回研究会を開催するため、現時点での成果といえるものは挙げられないが、研究会参加予定のメンバーからは、ヘルス領域で働く援助職のみでなく、ビジネス、エンジニアなど多様なバックグランドを持つ人々が「共創」という関心で連なる場ができることへの期待の声が寄せられている。


【課題】
2015年度の研究活動は、実践的研究における現場でのフィールドワークに重点を置いてきたため、文献研究や執筆活動、学会活動が十分に行えなかった。来年度は、文献研究による理論の裏付けに重点をおいて「共創」理論の深化を図り、その成果を論文や学会発表の形で社会的に共有していきたい。

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